貴乃花部屋の力士はどこへ消えた?弟子たちの現在と部屋消滅の深層
平成の相撲界で絶大な人気を誇った第65代横綱・貴乃花が、日本相撲協会に退職届を提出し、名門「貴乃花部屋」が事実上の消滅に追い込まれたあの激震の秋から歳月が経過しました。当時、師匠の突然の角界去就によって運命を翻弄された弟子たちは、全員が千賀ノ浦部屋(現・常盤山部屋)へと移籍し、新たな道を歩み出すことを余儀なくされました。
あれから幾多の波乱と再編を経て、激動の相撲人生を辿った弟子たちはいま、どこでどのような人生を歩んでいるのでしょうか。看板大関として頂点に挑み続けた貴景勝の現役引退と指導者への転身、不祥事の渦中で土俵を去った者たちの第二の人生、そしていまなお現役で奮闘する力士の姿まで、報道各社の一次取材データと関係者の証言をもとに、知られざる舞台裏と最新の動向を徹底追跡します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:貴乃花部屋消滅時に移籍した弟子たちの象徴である大関・貴景勝は、満身創痍の土俵生活を戦い抜いて現役を引退し、現在は年寄「湊川」として常盤山部屋で後進の育成に尽力している。
- 要点2:千賀ノ浦部屋から常盤山部屋へと看板が変わるなか、貴健斗ら残された現役力士が関取復帰や土俵の意地をかけて土俵に上がり続けている。
- 要点3:貴ノ岩の引退や双子力士(貴ノ富士・貴源治)の不祥事による角界追放など明暗は極端に分かれたが、格闘技界への転向や実業の世界でそれぞれ独自の道を切り拓いている。
【2026年最新動向】千賀ノ浦・常盤山部屋へ移籍した力士たちの「今」
2018年10月、貴乃花親方の電撃退職に伴い、所属していた力士10名および床山・世話人ら裏方は、一門の枠を超えて元関脇・舛田山が率いる千賀ノ浦部屋へと受け入れられました。その後、2020年11月に舛田山が日本相撲協会の定年を迎えたことに伴い、部屋付き親方であった元小結・隆三杉が名跡「常盤山」を継承。部屋は「常盤山部屋」へと改称され、東京都板橋区前野町に新設された拠点へと拠点を移しました。
旧貴乃花部屋の弟子たちの屋台骨となったのが、後に大関へと駆け上がった貴景勝です。移籍直後の2018年11月場所で劇的な幕内最高優勝を果たし、師匠不在の逆境を跳ね返して2019年春場所後に大関昇進を果たしました。通算4度の幕内優勝を数え、押し相撲の極致として一時代を築いた貴景勝ですが、長年酷使し続けた首や両膝の故障に苦しみ、2024年秋場所をもって現役を引退。年寄「湊川」を襲名し、現在は常盤山部屋の部屋付き親方として、師匠譲りの厳格な指導精神を受け継ぎながら若手の育成に当たっています。
一方、現役力士として土俵を守り続けているのが貴健斗(たかけんと)です。熊本県八代市出身の叩き上げで、移籍後の2021年1月場所で新十両へ昇進。怪我による幕下陥落と関取復帰の熾烈な往復を繰り返しながらも、泥臭く前に出る相撲で土俵に上がり続けており、元貴乃花部屋の生え抜きとして孤軍奮闘する姿は往年のファンから熱烈な声援を集めています。

【一覧比較表】貴乃花部屋所属力士の移籍先・処分理由・現在の詳細データ
貴乃花部屋の解体時に在籍していた主な力士および注目を集めた弟子たちの変遷と現在の身分について、日本相撲協会の公式発表および信頼性の高い報道記録に基づいて整理しました。
| 力士名(最高位) | 移籍先と主な経歴 | 退職・処分の理由 | 現在の活動・ステータス |
|---|---|---|---|
| 貴景勝 (大関) | 千賀ノ浦部屋 ➔ 常盤山部屋 幕内優勝4回を達成 | 2024年秋場所後に頸椎等の負傷悪化により現役引退 | 年寄「湊川」を襲名。常盤山部屋付き親方として後進指導 |
| 貴ノ岩 (前頭2) | 千賀ノ浦部屋へ移籍 日馬富士暴行事件の被害者 | 2018年12月、冬巡業中に自身の付け人へ暴行を働き引退 | 母国モンゴルへ帰国。青少年スポーツ振興や実業に従事 |
| 貴ノ富士 旧名:貴公俊(十両5) | 千賀ノ浦部屋へ移籍 双子の兄として期待される | 2018年3月・2019年9月の二度にわたる付け人への暴力で引退勧告 | 総合格闘家に転向。「スダリオ剛」の名義でRIZIN等で活躍 |
| 貴源治 (前頭10) | 千賀ノ浦部屋 ➔ 常盤山部屋 双子の弟、新入幕を果たす | 2021年7月、日本相撲協会の薬物検査で大麻使用が判明し懲戒解雇 | 格闘技大会への参戦やアパレル事業等、独自路線で活動 |
| 貴健斗 (十両4) | 千賀ノ浦部屋 ➔ 常盤山部屋 叩き上げで関取へと昇進 | なし(現役継続中) | 常盤山部屋所属の現役力士として関取復帰・上位定着に挑む |
| 貴大将 (三段目) | 千賀ノ浦部屋へ移籍 貴ノ岩の付き人を務めた | 2019年1月場所をもって現役引退 | 角界を完全に離れ、一般社会人としてセカンドキャリアを歩む |
貴乃花部屋「消滅の真相」と親方退職の経緯|なぜ名門は解体されたのか
相撲史に残る名門部屋の解体は、偶発的な事故ではなく、日本相撲協会執行部との修復不可能な溝によって引き起こされた必然的な帰結でした。端緒となったのは、2017年10月に鳥取市内で発生した元横綱・日馬富士による貴ノ岩への傷害事件です。
当時、巡業部長を務めていた貴乃花親方は、協会の内輪による幕引きを拒絶し、警察への被害届提出を断行しました。この一連の対応が「協会のガバナンスと報告義務を著しく損ねた」として理事解任処分へと発展。さらに翌2018年3月、内閣府に提出した告発状を巡り、協会執行部と貴乃花親方の対立は決定的な局面を迎えます。
2018年9月25日、東京都内で開かれた緊急記者会見で、貴乃花親方は張り詰めた表情のまま次のように語りました。
「告発状の内容が事実無根であることを認めなければ、一門に属させず部屋の存続を認めないという有形無形の圧力を受け続けた。真実を曲げてまで相撲協会に残ることはできない」
相撲協会の規定改定により「すべての親方は5つの一門のいずれかに所属しなければならない」というルールが厳格化された結果、無所属となっていた貴乃花親方は進退を極めました。愛弟子たちを道連れに協会を追われる最悪のシナリオを回避するため、親方は「全所属力士の移籍」を条件に自ら廃業の道を選んだのです。師匠が築き上げた血統と看板は、協会の政治的圧力と意地の衝突の果てに、一夜にして土俵から姿を消しました。

明暗を分けた弟子たち|不祥事による引退と格闘技転向のリアル
師匠という絶対的な防波堤を失った弟子たちの歩みは、光と影のコントラストがあまりにも鮮明でした。移籍後に相撲界を大きく揺るがしたのは、相次ぐ暴力・不祥事による破滅です。
暴行事件の被害者として同情を集めていた貴ノ岩は、部屋移籍からわずか2ヶ月後の2018年12月、冬巡業の宿舎で自身の付け人だった貴大将に対して平手打ちなどの暴行を加えたことが発覚。「自分自身が暴力の痛みを知りながら、弟弟子に手を上げてしまった責任は重い」と涙の引退会見を開き、角界を去りました。現在は母国モンゴルで穏やかな生活を送りつつ、後進の育成や事業に取り組んでいると伝えられています。
さらに角界を騒然とさせたのが、栃木県出身の双子関取として将来を嘱望されていた貴公俊(のち貴ノ富士)と貴源治の兄弟です。兄の貴ノ富士は、貴乃花部屋時代に付け人への暴力で出場停止処分を受けていたにもかかわらず、移籍後の2019年秋にも再び付け人へ差別的な言動や暴力を働いたことが認定され、相撲協会から懲戒解雇一歩手前の引退勧告処分を受けました。その後、彼は総合格闘家「スダリオ剛」として再起。RIZINのリングでヘビー級ファイターとして咆哮を上げ、賛否両論を巻き起こしながらも自らの腕一本で生きる道を選びました。
弟の貴源治もまた、2021年7月に大麻リキッドの使用が相撲協会の抜き打ち薬物検査によって発覚し、懲戒解雇という最悪の結末を迎えました。非凡な相撲センスを持ち、幕内上位で横綱・大関を脅かす器と目されていた逸材だっただけに、相撲界とファンの落胆は計り知れないものがありました。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|「見捨てられた」説の真相
ネット上の掲示板やSNSでは、今なお「貴乃花親方は自らの主義主張を優先し、弟子たちを千賀ノ浦部屋に放り投げて見捨てたのではないか」という厳しい論調が散見されます。しかし、当時の綿密な移籍交渉と関係者の証言を丹念に辿ると、その認識が一面的な誤解に過ぎないことが浮き彫りになります。
第一に、貴乃花親方は退職届を提出する直前、かつて同じ二子山部屋の兄弟子であった千賀ノ浦親方(元関脇・舛田山)のもとへ自ら足を運び、「弟子たちの将来と稽古環境をどうか守ってほしい」と頭を下げて懇願していました。千賀ノ浦親方もその熱意を受け止め、部屋の定員や経済的負担が激増することを承知の上で、無条件で力士全員と裏方の受け入れを決断したという経緯があります。
第二に、貴景勝が引退するまでの道のりにおいて、貴乃花親方との精神的な師弟関係は一度たりとも途切れていませんでした。移籍後も貴景勝は節目ごとに元師匠へ連絡を入れ、貴乃花親方もメディアを通じて「あの子の相撲道に対するひたむきさは本物」とエールを送り続けていました。形式上は別々の道を歩むことになったものの、土俵上で見せた貴景勝の「一切の引き技を排した真っ向勝負の突き押し」は、貴乃花親方の教えを完璧なまでに具現化したものであり、魂の継承は途絶えていなかったのです。

【実態検証】元部屋関係者の証言と相撲ファンが目撃した激動の現場
当時、旧貴乃花部屋の現場を間近で取材していた相撲担当記者や、稽古場に通い詰めていた熱心な後援関係者は、部屋消滅前後の張り詰めた空気を次のように述懐しています。
「江東区東砂の貴乃花部屋は、他の相撲部屋とは明らかに空気の密度が違っていた。私語は一切なく、土俵を叩く音と荒い呼吸だけが響く修道院のような空間。親方の教えは『土俵は生き様を映す鏡』という精神至上主義であり、弟子たちにとって師匠は絶対的な神に近い存在だった」
それだけに、そのカリスマ的な絶対者が突如として去ったことによる弟子たちの心理的動揺は、外から推測される以上に深刻なものでした。千賀ノ浦部屋へ合流した直後、土俵の広さや稽古のルーティン、生活環境の激変に対し、弟子たちが息苦しさや戸惑いを隠せなかった様子が複数メディアで報じられています。
Yahoo!ニュースのコメント欄や相撲コミュニティでは、貴景勝の優勝時に「貴乃花親方の無念を晴らした」「親方の涙が目に浮かぶ」といった歓喜の声が溢れる一方で、相次ぐ弟弟子たちの不祥事に対しては「厳格な師匠の目が届かなくなった途端に箍(たが)が外れてしまったのではないか」という嘆きが投稿されました。外部のファンが見つめていたのは、まさに巨大な精神的支柱を失った青年たちが直面した、過酷な自立の試練そのものでした。
【プロの結論】疑似家族型「相撲部屋制度」の限界と組織ガバナンスの教訓
貴乃花部屋の解体と、その後に弟子たちが辿った軌跡を人間関係論および組織社会学の視点から分析すると、日本の伝統社会が内包する「擬制家族(疑似家族)システムの構造的脆弱さ」という重い課題が浮かび上がってきます。
相撲部屋は、師匠が父親、女将さんが母親、弟子たちが兄弟という「疑似家族」として全人格的な関係を結ぶことで成り立っています。このシステムは、強固な忠誠心と家族的な情愛を生み出す一方で、師匠への過度な共依存や、社会一般的なコンプライアンス感覚との乖離(心理的バウンダリーの喪失)を招く危険性を孕んでいます。
貴乃花部屋の場合、師匠のカリスマ性が極めて高かったがゆえに、弟子たちは「師匠の価値観」という強力な枠組みの中でしか自己を統制できない状態に陥っていました。その結果、師匠という外部規範が消滅した途端、自律的な規範意識を保てなくなった力士が暴力や規律違反へと暴走してしまったと考えられます。唯一、貴景勝だけが「相撲道への自立した職業意識」を確立していたからこそ、環境が変わっても大関へと昇進し、名誉ある引退を迎えられたのです。
相撲界的な「疑似家族組織」への適性判断基準
この教訓は、現代の私たちが属する一般社会の企業組織や師弟関係にもそのまま当てはまります。伝統的な徒弟制度や濃密な人間関係を軸とする組織を志向する際、向き不向きを見極める基準は明確です。
- 向いている人:特定の師匠やリーダーの思想に心酔し、私生活も含めて全人格的に教えを吸収することに充実感を覚える人。個人の自由よりも集団の絆や美学に重きを置ける精神構造を持つ人。
- おすすめできない人:公私の明確な線引き(心理的バウンダリー)を求め、客観的なルールや契約に基づいて行動したい人。指導者の個人的な美学や感情に人生を左右されることに強い抵抗を感じる人。
【貴乃花部屋の力士】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:貴乃花部屋出身の力士で、現在も土俵を務めている現役力士はいますか?
A1:はい、十両経験者である貴健斗(現・常盤山部屋所属)をはじめとする力士が現在も現役を続けています。貴景勝の引退後は、貴健斗が元貴乃花部屋の関取経験者として土俵を守る筆頭格となっています。
Q2:大関まで上り詰めた貴景勝は、現在相撲協会に残っていますか?
A2:残っています。2024年秋場所後に現役引退を発表した貴景勝は、年寄名跡「湊川」を襲名しました。現在は常盤山部屋付きの親方として、日本相撲協会に所属しながら後進の指導にあたっています。
Q3:元貴ノ富士(スダリオ剛)と元貴源治は、なぜ相撲界を去ることになったのですか?
A3:双子の兄である貴ノ富士は、二度にわたる付け人への暴力問題により日本相撲協会から引退勧告処分を受け、角界を去って総合格闘家へと転向しました。弟の貴源治は、2021年に大麻リキッドの使用が相撲協会の検査で判明し、懲戒解雇処分を受けました。
Q4:貴乃花部屋の施設や建物は現在どうなっていますか?
A4:東京都江東区東砂にあった旧貴乃花部屋の建物は、親方の退職および力士たちの移籍後に売却・解体され、現在は別の民間施設や住宅地として利用されており、当時の相撲部屋の面影は残っていません。
まとめ:土俵を去っても消えない「貴の血統」と未来への遺産
名門・貴乃花部屋の消滅から始まった弟子たちのドラマは、栄光と挫折、そして自立の闘いそのものでした。看板大関として角界を支え抜いた貴景勝の親方就任、土俵の外で生きる場所を切り拓いた者たち、そして泥にまみれて番付を這い上がろうとする貴健斗。彼らが歩んだ道は、決して平坦なものではありませんでした。
相撲部屋という看板が失われ、師匠が角界を去ろうとも、弟子たちの肉体と精神に刻み込まれた「真っ向勝負の気迫」は消え去ることはありません。指導者として土俵に残る湊川親方(元貴景勝)を通じて、貴乃花が目指した愚直な相撲道は、新たな世代へと確かに受け継がれていきます。 (出典: 貴乃花 部屋 の 力士(Yahoo!ニュース))